コラム

最低賃金の決め方とは?企業に求められる実務対応と併せて解説

地域別最低賃金(以下「最低賃金」という。)は、毎年の改定によってすべての企業に影響を与える重要な制度です。改定額を確認することはもちろん大切ですが、「どのように決まるか」というプロセスを理解しておくことも、企業にとって大きなメリットになります。そこで本記事では、最低賃金がどのような流れで決定されているのかと、企業に求められる具体的な実務対応についてわかりやすく解説します。

最低賃金の決め方

出典:厚生労働省「地域別最低賃金の改正手続の流れ」をもとに一部加工して作成

最低賃金は、公益代表・労働者代表・使用者代表の各同数の委員で構成される「中央最低賃金審議会」と「地方最低賃金審議会」における厳密な審議を経たうえで、都道府県労働局長によって決定されています。改定までの流れは、主に以下の5つのステップで進みます。

【Step1】厚生労働大臣の諮問(6月〜7月頃)

厚生労働大臣は中央最低賃金審議会へ改定の必要性を諮問※1します。審議の際には、次の考え方が重視されます。

※1 諮問とは、専門家や特定機関に意見を求めること。

・労働者の生計費(生活保護に係る施策との整合性に配慮する)
・労働者の賃金
・通常の事業の賃金支払能力

上記は、最低賃金法第9条第2項・第3項に基づき、法定の三要素等の考え方とされています。

【Step2】中央最低賃金審議会の目安を提示(7月下旬~8月上旬)

中央最低賃金審議会は、都道府県をA・B・Cの3つのランクに分類し、それぞれのランクに応じた引上げの目安を提示します。この目安は、地方最低賃金審議会における審議の基準となります。

ランク都道府県
A埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪
B北海道、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、富山、石川、福井、山梨、長野、岐阜、静岡、三重、滋賀、京都、兵庫、奈良、和歌山、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、福岡
C青森、岩手、秋田、山形、鳥取、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄
目安ABC
令和7年度63円63円64円
令和6年度50円50円50円
令和5年度41円40円39円

【Step3】地方最低賃金審議会での改定額を答申(8月中旬〜下旬)

各都道府県の地方最低賃金審議会は、中央最低賃金審議会の目安と地域の経済実情を踏まえて改定額を審議します。また、近年は、政府方針への配意も求められるなど、その時々の事情も考慮したうえで改定額が答申されています。

【Step4】異議申出と公示(8月末〜9月初)

地方最低賃金審議会が答申を終えると、関係労使からの異議申出があった場合に、調査審議が開催されます。異議申出をするには、答申のあった日から15日以内に都道府県労働局長、または、厚生労働大臣に提出する必要があります。異議がなければ、都道府県労働局長がその改正を決定し、官報公示を行います。

【Step5】改定額の発効(10月以降)

各都道府県で決定された最低賃金は、原則10月から11月までの間に順次発効されます。

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最低賃金1,500円!?今後の見通し

内閣府の「経済財政運営と改革の基本方針2025」によると、2020年代までに最低賃金の全国加重平均を1,500円に引上げる方針が記されています。

この方針を実現するには、2024年度の最低賃金の全国加重平均が1,055円であるため、2025年から2029年までの5年間で445円、年平均89円の引上げが必要になります。これは、過去最大となった2024年度の51円の引上げを上回る水準です。

この場合、2025年度から2029年度までの、週20時間勤務のパートタイマー1人あたりの人件費年間増額分を計算すると以下の通りになります(税金・社会保険料は除外)。

年度2024年度からの時給引上げ額2024年度からの人件費年間増額分
2025年度89円約92,560円/人
2026年度178円約185,120円/人
2027年度267円約277,680円/人
2028年度356円約370,240円/人
2029年度445円約462,800円/人

このように今後5年間、賃金上昇による企業への影響は、より一層強まることが予想されます。

企業に求められる実務対応

最低賃金の改定は、諮問から発効までのプロセスを経て決まります。この流れを理解しておくことで、企業は先回りして準備する余裕が生まれ、改定直前の慌ただしい対応や予期せぬリスクを避けることができます。ここでは、最低賃金改定において企業に求められる対応を紹介します。

1. 賃金水準の早期確認

最低賃金改定の影響を最小限に抑えるためにも、発効前の段階で自社の賃金水準を確認することが重要です。全従業員の給与を時給換算して、改定後の最低賃金を下回らないか事前にチェックします。

時給換算額
・日給制の場合:日給÷1日の所定労働時間
・月給制の場合:月給÷1か月平均所定労働時間※2

※2 1か月平均所定労働時間=年間所定労働日数×1日の所定労働時間÷12か月

対象者を抽出し、改定後に不足が生じる場合は給与改定の準備を進めましょう。また、複数の都道府県に事業場を持つ企業は、都道府県ごとの発効日と改定額をしっかり確認しておきましょう。

このように早期確認を行うことで、賃金調整や人件費計画を前倒しで実施できるほか、最低賃金による罰則や是正勧告のリスクを抑えることにもつながります。

2. 助成金の活用

最低賃金の引上げによる人件費増加に対応するため、助成金を活用する方法もあります。代表的な制度としては、業務改善助成金が挙げられます。

業務改善助成金は、事業場内最低賃金を30円以上引上げ、生産性向上に資する設備投資等を行った場合に、その設備投資等にかかった費用の一部を助成する制度です。また、厚生労働省の「令和7年度業務改善助成金のご案内」によると、第2期の申請期限が「申請事業場に適用される地域別最低賃金改定日の前日」とされています。そのため、最低賃金の目安が発表された時点で、早めに助成金の制度内容を確認し、自社が対象となるかを判断することが大切です。このように助成金を適切に活用することで、賃金引上げによる経営負担を軽減することが可能です。

3.就業規則・労働条件通知書の見直し

先程紹介した、業務改善助成金を活用する場合には、引上げ後の事業場内最低賃金額と同額を就業規則等に定める必要があります。このように、最低賃金が引上げられると、従業員の給与だけでなく、それに基づく就業規則の見直しが必要になる場合があります。

また、労働条件通知書が現状と乖離する場合もあります。例えば、「時給〇〇円」と明記されている労働条件通知書が、新しい最低賃金額を下回る場合には見直しが必要です。特に、時給制のパートやアルバイトの従業員は影響を受けやすいため注意しましょう。

就業規則や労働条件通知書の見直しは、最低賃金の発効日直前では間に合わない、もしくはミス発生のリスクが高まります。最低賃金の改定スケジュールを事前に把握し、早めの見直しを計画的に進めることが重要です。

社労士を活用する3つのメリット

最低賃金の改定は毎年行われ、その影響はすべての企業に及びます。特に近年のように引上げ幅が大きく、それに関連する就業規則や労務管理の見直しが頻発する状況では、法令知識と実務対応力を兼ね備えた専門家である社労士のサポートが大きな力となります。ここでは、社労士を活用することで得られる具体的なメリットを紹介します。

1. 法令遵守体制の強化

最低賃金の改定は、単なる時給の調整だけでなく、助成金申請、雇用契約書の更新、労務トラブルの防止といった多方面にも影響を及ぼします。社労士は法改正や通達の動向を常時把握しているため、自社だけで情報収集を行うよりも早く、正確な対応策を提案できます。これにより、最低賃金法違反による罰則や是正勧告を回避し、企業の法令遵守体制を強化できます。

2. 制度設計の最適化

最低賃金の発効後は、時給計算の見直しや賃金規程の再設計が必要になるケースがあります。社労士は、企業ごとの人員構成や事業計画に沿った賃金規程の見直しも支援できるため、単なる「最低賃金を上回る対応」ではなく、長期的な人件費管理や採用戦略にも資する制度設計が可能になります。また、就業規則や労働条件通知書の見直しについても、適切な文面や手続きを提示してくれます。

3. 助成金の活用支援

最低賃金引上げに伴う経営負担を軽減するうえで、業務改善助成金をはじめとした各種助成金制度は有効な手段です。ただし、助成金は制度の内容が頻繁に変更されるほか、申請要件を満たすための事前準備も必要です。社労士に相談することで、助成金の対象可否判断から申請書類の作成・提出までをスムーズに進めることができます。

まとめ

最低賃金は、毎年の改定によってすべての企業に影響を与える制度です。企業は、諮問から発効までの一連の流れを把握しておくことで、改定前から計画的な準備が可能となり、慌ただしい対応や予期せぬリスクを防ぐことができます。特に、賃金水準の早期確認、助成金の活用、就業規則や労働条件通知書の見直しは、企業にとって、最低賃金改定の有効な対策方法となります。これらを発効直前ではなく、スケジュールに沿って先行的に行うことが大切です。

また、今後は最低賃金の全国加重平均1,500円を目指す動きの中で、改定額はさらに大きくなることが予想されます。こうした環境変化に対応するためには、自社だけで抱え込むのではなく、社労士を活用することが効果的です。法改正情報の迅速な把握、複雑化する助成金申請、賃金制度の再設計といった課題への対応など、コンプライアンス強化と経営安定化の実現が期待できます。

労務の灯台 編集部

ハタラクデザイン合同会社が運営するWebメディア「労務の灯台」編集部。様々な角度から社労士の関連情報をお届けすることで、自社の価値観に合った社労士を見つけてもらいたいと奮闘中。

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